9.月曜日

 

週が明けた月曜日、連続斬り付け魔が捕まったというニュースはこの小さな町に安堵と騒がしさを取り戻した。今朝は全校集会があり、うちの生徒が犯人であるという話が校長の口から説明された。 

校長の言葉に登校時間に地元のメディアの姿を見て興味を示していた生徒たちはざわめき、堤慶介がいない事がそれに関連していることに想像がいたった生徒は沈黙した。

当然ことながら全ての事情を知っている僕はただその様子を客観的に眺めていた。もし僕がこの事件と何の関わりもなかったら、誰が犯人なのか詮索する話に興じたかもしれない。でも深く関わってしまったこの状況ではそんなことはできなかった。

とてもじゃないが気分が悪い。

 昼休みに僕は呼び出され、学校の中にある一室で再びあの老刑事と面会した。てっきり警察署で調書を取られると思っていたのだが教師同伴ということらしく宍戸が僕の横に座っていた。宍戸自身も堤を知る一人だし、僕と江本の二人に関係する人物だからだろう。

老刑事は僕らが堤に至るまでの推理などの話を一通り訊いて帰っていった。たぶん先に江本の調書を取ってほとんどの事は聞いていたのだろうから別におかしくはなかったのだが、拍子抜けするほどあっけなかった。

確かに僕らが関係したのは猫殺しの部分だけで、警察としては刑事事件である連続切りつけ魔の方に重点を置いているはずだからこのあっけなさは理解できる。だが僕にとって大事件であったこの一連の事件の終幕には少々つまらなかったと言えなくもない。江本も不満に思っているかもしれないが、彼女が僕のケータイを鳴らす事はなかった。

結局のところ連続斬り付け魔が捕まったからといって、うちの生徒が犯人だからといって大半の人間には関係のない話で、生徒の殆どはいつもどおり次の試験の範囲や誰それの恋愛話、昨日のテレビの話題のことに興味は移っていく。今日も宍戸は空回りな情熱を持って教鞭を振るうし、晋吾もいつも通り言葉の弾丸をばら撒く。

今日も世界は雑多なノイズで溢れかえり、ブラウン運動のように各々が勝手な思いを持って右へ左へ動き回りくっ付いたり弾かれたりしている。そんな日々の喧騒の中で非日常という暗闇はやがて自然に影を潜めていくのだろう。

それでは僕もいつもと変わらぬ平凡で退屈で平和な愛すべき生活を送ることにしよう。

何事もなくすべての授業をコンプリートし、終業を知らせる鐘の音が鳴ると僕はマナーモードを解除しようとケータイを取り出した。

シグナルランプが明滅をしている。着信メールがあるようだ。誰からか訝しく思いながら受信フォルダを開くと、それは倉田さんからだった。

〈連絡遅れた。GvGの初戦は勝利。次の試合の日付は後で連絡する。PS:彼女とは仲直りできたのか?〉

 思わず失笑がこぼれる。倉田さんはMADが江本だということは知らないのだ。まさか目の前でケンカの延長をやっていたと知ったら彼はどんな顔をするだろうか。まあそれを次に会うときの楽しみしておくのも悪くない。

 僕はケータイをポケットにねじ込み、教室を後にした。

学校を出ると眩しい日光が目を刺した。

すっかり夏の日差しだ。ちぎった綿飴みたいな雲が青く澄んだ空に浮かんでいる。それを見て心地よく思いながらも小さく舌打ちをする。

なんだよ、また天気予報はハズレかよ。使われること無く帰路に着く右手の傘が恨めしい。やはり折り畳み傘を買うべきか。

江本と出会ったあの日、折り畳み傘を買う事を誓ったが、その後に続くイベントの数々により忙殺されて未だに購入していなかった。もしかしたら僕に折り畳み傘は縁がないのかもしれない。

僕は存在意義を失った傘を所在無げに振りながら歩き始めた。

 普段どおりの習慣に従いいつもの道順で駅へと向かっていると、背後から小走りに駆ける軽い足音が聞こえた。その音はだんだんと僕に近付いてくる。別に電車の時間が迫っているわけではない。だから僕には後ろから駆けてくる人物の予想がついた。

僕はその音がすぐ後ろに近付くのを待ち、そしてタイミングを見計らって道の脇に避けると同時に僕がいた空間をペットボトルが横切り、アスファルトの上でバウンドした。

ペットボトルがかわされた事を見た襲撃者はすぐに動いた。右背後からの横なぎ。目の端でそれをとらえた僕は咄嗟に右手で持っていた傘でガード。思わぬところで傘が役に立った。

軽い音をたてて攻撃を防がれたことを相手は悟ると、少し驚いたように一拍の間があったが、すぐに武器を引いて背後から縦に一閃する。僕は振り返り相手のほうを向き、頭上でそれを右手の傘で受ける。四度目の攻撃は無い。

僕は攻撃した張本人を見つめた。

 江本はビニール傘を下段に構え、僕を睨むように見つめている。

「なに?」

僕は掲げていた傘を下ろし、彼女を見つめた。しかし彼女は僕の問いには答えず、黙って睨みつけているだけだった。

「なんだよ?」

僕の二度目の問いかけに彼女は下ろしていた傘を再び構え、僕の眼前に傘の先を銃口の如く突き向けた。プラスチックの銃口からは何も飛び出てはこないが、ものすごい威圧感がある。それに何気に危ない。目に当たったらどうするんだ。

僕は両手を上げ観念する事にした。

ホールドアップだ。殺気立った彼女は手に負えない。

「……分かった。謝るよ」

「やだ、絶対許さない。あんな勝負、絶対に認めないから……第一何よ、あの魔法。最高レベルの魔法が使えるだなんて卑怯にもほどがあるわ」

「訊かれなかったから教えなかっただけだよ」

 僕は先日の江本の言葉をそっくりそのまま返してやった。それを受けて江本が不満そうな顔をしたまま僕に向けていた傘を下げた。

僕は近接戦ではMADほど強くは無かったがグレイマン同盟に入ることができ、GvGにも出ることが出来た。それはひとえに僕が魔法で秀でたプレイヤーだったからだ。

僕のような好戦的な勇者が似合いそうもないプレイヤーが最初に目指すものといったら、魔導士しかないだろう?

僕は江本が投げて道に転がったペットボトルを拾うと江本に放って渡す。

「まあ、ちょっと卑怯だったかもしれないがそれを含めて僕は本気で君を倒した。それ以上でも以下でもないさ」

 江本はまだ不満そうだったが、僕はあることを思い出し彼女を見た。

「そういえば思い出したよ。君をどこで最初に見たのか」

 僕が先週の月曜日に江本に会ったときどこかで見た気がした。てっきり新入生挨拶のときかと思ったが実際は違った。僕はその前に江本に会っていたんだ。

「入試のとき、席が横だったんだ。違うか?」

「……そうよ、それに君はシャープペンを忘れて私から借りたじゃない」

 う、そういえばそうだった。なんでこんな事を忘れていたんだ?確か借りたのはピンク色のシャープペン。あれ?確か○×ゲームのときに江本から借りたのもピンク色のシャープペンだった。あれは偶然か?

「それにしても大した度胸よね。入試のときに筆記具を忘れたくせにトップの成績で合格するなんて」

 確かに大した度胸だ。今の僕には到底真似できないだろう。

 江本は僕の横に並んで歩き出した。それから思い出したように僕を見る。

「前から訊こうと思っていたんだけど、なんでアステリスクなの?」

 これは少し意外だ。江本ならもう理由など分かっていると思っていたが、気付いていなかったとは。それがちょっと彼女に勝てたようで僕は嬉しい。

「あの意味かい……コンピュータプログラムにおいてアステリスクは乗算演算子を意味するんだ。分かるだろ?」

「乗算、つまりかけるってことね」

「そういうこと。質問はそれだけか?」

「……あともう一つだけ」

 江本は伏せ目がちに僕を見た。いつもの強引な彼女と様子が違い、どこか女の子っぽい。

「ちょっと君、付き合ってくれる?」

「なんだ?この期に及んで。この一週間、いつも君には付き合ってるじゃないか」

 僕の答えに彼女は深々とため息をつく。呆れと諦めが混じったため息だ。

「……やっぱりそうくるのね。ちょっと期待した私が馬鹿だったわ」

「何が?」

 僕の問いかけに江本はなぜか頬を赤くした。

「な、なんでもないわよ。行くわよ!」

江本は僕の手首をとり、歩き出した。少しだけ歩調が速く、手を引かれているので僕も自然と早歩きになっていく。

江本の照れ隠しのような態度が可愛らしく、つい笑みを浮かべてしまう。その笑いを江本に見咎められ、彼女は依然頬を赤くしたままだったが僕を睨みつけた。

「……なに笑ってるのよ」

「別に、何でもないよ」

 僕は笑みを消して顔を引き締める。しかしどうもわざとらしくなったようで江本の怒りは静まらない。

「別にって何よ」

江本は少しご立腹のようだったが、それでも手を離さずに僕を引いてどんどん歩いていく。

彼女が掴んでいるところから彼女の体温が伝わってくる。人と繋がっていることは暖かいものなんだと今更になって気付いた。でも別にそれは不快じゃない。僕は一人でいるのが好きだが、他の人と一緒にいるのもそう悪くない。

孤独は愛すべきだが、大勢で騒ぐのが楽しいときもある。人は一人でも生きていくべきだが、人は一人では生きてはいけない。

僕らは孤独だった。互いに自分と同じものを持つ人間を欲していた。

でも僕らはもう独りぼっち(スタンドアロン)じゃない。僕と彼女は今、繋がっているの(オンライン)だから。